仕事のこと

プログラマーから保険の営業マンはじめました

プログラマーをやって1年、ストレスなのか体がぼろぼろに。。見事に病みました。。

過労による病気に心無い言葉

私の仕事は操作を教えること、困ったら助けることという本来のお仕事から離れることが多くなり、私はストレスからヘルニアになり手術をしました。
また切れ痔にもなり、こちらも手術することになりました。
体に疾患が多くおきたことから私は辞職することを考えるようになりました。

また病気で休業した際も、あまり優しい言葉を会社側から支えてくれなかったのも大きな原因です。
病気で苦しんでいる人間に対して、仕事が滞っているなんて大きな口調でいう会社には付いて行けなくなりました。

また、自分勝手なクレーマーの相手も時間の無駄と考えるようになり辞職は決定づけられました。

名古屋市がやっている転職博に行ったことがきっかけ

私が見てきた展示会に会社の営業マンをやりませんか、と優しく人事の方が誘ってくれました。
まだ勤務して間もないので、給与は少ないですがやりがいは非常にあります。
その上、そこまでノルマもうるさくありません。

内勤営業でチラシを送付する許可をいただき説明しに行くという手順で営業をしていきます。
勤務する方は非常に優しい口調の方ばかりでいつも助かっています。

人間的に明るくて、勤務している方々が笑顔の会社であれば給与面は気にしていませんでした。
まずは明るく、やりがいさえあれば問題なく就職するつもりでした。

また、先輩のOJTがしっかりしてくれているならばぜひ働きたいと希望を出しました

部下を残した背徳感

転職活動中は有給を取るにも「引き継ぎが遅れているのに休むのか」など嫌味を多く言われました。
私は「辞めるので関係ないです」とばかりに言い返して笑ってやりました。

辞めるまでの部長や課長との人間関係に関しては戦争だったと記憶しています。

ただし、他のオペレータも私に付いて行くと行ってやめようとしたことは彼らの人生を保証できないので本当に心が痛みました。
いい部下がいるのにやめてしまう自分が情けなくなったのは覚えています。

転職先の仕事は難しくなかったです

まずはリストにあるコンシューマのお客様にお電話し許可が降りれば書類を送ります。
その中で興味のあるお客様の元に訪問にいき、保険の切り替えを提案するものです。

また、外回りの営業マンするようになってからは電話のオペレータの方々をモニタリングして教えるようになっていました。
この時は非常に過去の自分のテクニックが使うことができました。

他にもリストを新しく作り、今度はこういうサービスを展開してご案内していこうとリストも作成したりしていました。
またクレームがあったお客様を外してリストに絶対に載せないようにアクセスというソフトで作成していることもありました。

人事担当者からの一言からの決意

人事の方から、「まだ年齢の若い会社ですが是非、あなたの力をお借りして人生を尊重していきていきましょう。」という気持ちのいい言葉をいただき、絶対に「もし嫌な気分になったらいつでも連絡ください」と相談に乗ってくれる社風だったので決めました。

内勤営業している方々のモニタリングやSVをやって、スクリプトを改造して、ここをこう言われたら「こう言い返せ」など強く出るように教えていました。
また、営業に出る前に「保険の資格」をとったのですがまさか保険の資格の勉強を新しく入っている方々に教えることになるとは思っていませんでした。

現在は研修中のコンテンツも私がやっています。
ただ、今の会社は非常に人間関係がよくて過ごしやすく、そんなにハードなクレーマーもいないため助かっています。

また、オフィス内のネットワーク構成図や新しく入社した方に対する貸与PCのキッティング、外回りの営業マンのITサポートもやっておりIT部門のマネージャーになりました。
少し営業マンと変わりましたが喜ばしい限りです。

どんな職種だって継続することは可能です

人間死ぬこと以外は全てかすり傷です。

ビビって今の自分に仕方なく満足するなら勇気を持って初めは傷つくかもしれないけど、慣れればそのドアの向こうには天国が待ってるはずだと信じてください。

私は初めの頃は非常に大変でしたが、今では自転車を漕ぐように簡単に仕事してます。